『色がきこえるおんなのこ』

色は、遊びや歌の中にいつもあった

保育園では、色の名前が出てくる歌をうたったり、絵本を通して、色の世界を味わったりする時間がたくさんあります。
「赤」「青」「きいろ」という言葉は、説明されるものではなく、歌やリズムと一緒に、自然と体に入っていくものでした。

子どもたちにとって、色は覚えるものというより、声に出したり、聞いたりして楽しむものだったように思います。

体を動かしながら、色を感じる時間

色オニをすると、子どもたちは走りながら、周りを見て、色を探します。
考えるより先に体が動き、色は景色の一部として立ち上がってきます。

その中で、同じ色を見ていても、気づく速さや反応が違うこともありました。
色は、みんなに同じように届くわけではない。
そんなことも、遊びの中で自然と感じていました。

色は、それぞれの感じ方でひらいていく

保育園で過ごす中で、色がわかりにくい人がいることも、いつも心にとめてきました。

だからこそ、色にはひとつの正解があるのではなく、それぞれの感じ方があっていい。
色と音、ことばや動きが重なり合いながら、その人なりの世界がひらいていく。

『色がきこえるおんなのこ』を読んだとき、そんな日々の風景と、やさしく重なるものを感じました。

絵本紹介

文:マリー・ハリス
絵:ヴァネッサ・ブラントリー=ニュートン
訳:日髙 杏子
出版社:玉川大学出版部

『色がきこえるおんなのこ』は、色や音、ことばが、やさしく交わりながら描かれていく絵本です。
日常の中で出会う風景や出来事が、少し違った響きをまとって立ち上がってきます。

ページをめくっていると、色が音のように感じられたり、音が形を持って近づいてくるように思えたり。
読んでいる人の感覚も、自然とひらいていく構成です。

物語は特別な説明をせず、その子の感じている世界を、そのままそっと差し出します。
理解しようと構えなくても、眺めたり、味わったりするうちに、それぞれの受け取り方が生まれていきます。

読み終えたあと、身のまわりの色や音に、少しだけ耳を澄ませたくなる。
そんな余韻を残してくれる一冊です。

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おすすめの理由

ひとりの女の子の世界として、最初から最後まで描かれているから

この絵本は、「ふしぎな設定」や「特別な能力」を見せるための話ではありません。
描かれているのは、ある女の子が見て、聞いて、過ごしている日常そのものです。

まわりの出来事も、人とのやりとりも、その子の感じ方を通して描かれていく。
読んでいるあいだ、こちらは説明を受ける側ではなく、その世界を一緒に歩いている感覚になります。

色や音が、物語の中で自然に交わっていくから

色が音のように立ち上がったり、音が色を帯びて感じられたりする場面は、強調されすぎることなく、物語の流れの中に溶け込んでいます。

「すごいこと」として扱われないからこそ、その感覚が、この子にとっては当たり前の世界なのだと伝わってきます。
読み手は、その感覚に驚くよりも、静かに触れることになります。

周囲とのズレや戸惑いも、物語の一部として置かれているから

女の子の感じ方は、まわりの人と少しずつずれています。
うまく言葉にできない場面や、すれ違いが起こる場面も描かれます。

けれど、それが説明されたり、意味づけられたりすることはありません。
その揺れも含めて、この子の日常として描かれている。
だから、読む側も評価する立場に立たずに、物語の中にいられます。

最後まで読んだとき、世界の見え方が少し残るから

読み終えたあと、「何の話だったか」よりも、女の子の見ていた世界の気配が残ります。

色や音、ことばの距離感。それらが、しばらく心の中にとどまる。
この絵本は、そういう余韻を残して終わります。

まとめ

この絵本は、特別な出来事を描いた物語ではありません。
けれど、ページを閉じたあと、世界の見え方が、ほんの少し揺れます。

色や音、ことばや沈黙。
それらが、いつもより近くにあるように感じられる。
それは理解したからではなく、ひとりの女の子の世界に、しばらく身を置いたからかもしれません。

この絵本は、読む人に何かを求めることなく、ただ、ひとつの感覚をそっと手渡します。
その気配が、静かに残る一冊です。

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