あの日の空と、胸の奥に残った“音”の記憶
阪神・淡路大震災の朝。
私はいつもより早い 午前4時半 に目を覚ましました。
窓の外が薄くオレンジに染まり、朝なのに夕焼けのような、どこか不穏で静かな光が広がっていました。
ドライヤーで髪を整えていたそのとき、ドンッ! と大地に突き上げられるような衝撃。
続いて ゴゴゴーッ と地面が唸る音。
アップライトピアノが倒れてきて、反射的に支えました。
あの瞬間の力は、今思えば信じられないほどでした。
“近くで電車が脱線したのだろうか”
そう錯覚するほどの揺れと轟音。
窓の外に広がる景色が変わり果てていたとき、一日の始まりが、もう昨日とは違う世界になっていることを悟りました。
幸い、我が家は大工さんが丁寧に建てたばかりの家で、倒れた家具がいくつかある程度でした。
けれど、周囲は全壊・半壊の家が並び、近所の人が家に避難して来て、一緒に生活をした日々を忘れられません。
あの朝の光、音の揺れ、胸の奥のざわつき。
どんなに時が過ぎても、静かにうずく記憶です。
“1000のチェロ”と出会い、胸に灯ったひとつの調べ
そんな私が 「1000の風 1000のチェロ」の絵本 に出会ったのは、上の娘が生まれた年でした。
本を開くと、たくさんの人々がチェロを抱え、それぞれの音を聴き合いながら、ひとつの大きな響きをつくっていく姿が描かれていました。
息を合わせる。
相手の音に耳を澄ます。
ときに支え、ときに寄り添い、そして一緒に奏でる。
ページの中のチェリストたちを見ながら、私はふと気づきました。
震災で心が揺れていたあの日々、私を支えてくれたのもまた、“誰かと一緒に息をすること”
“誰かの声を聴くこと”だったのだと。
この絵本は、音楽の話でありながら、生きていく上での 調和と連帯の物語 だと感じています。
思春期〜大人にこそ響く「ひとりじゃない」というメッセージ
思春期の子どもたちは、自分の居場所、声の出し方、生きるリズムに悩むことがあります。
大人だって同じです。私自身、震災の日以降、気づかぬうちに“ひとりで頑張ろうとしてしまう癖” がついた時期がありました。
そんなとき、この絵本のチェロの響きが語りかけてくれます。
「あなたの音は、誰かの音と共鳴できるよ」
「あなたのリズムが、誰かを支えることがあるよ」
強くなくていい。
完璧じゃなくていい。
大切なのは、音を合わせようとする「小さな気持ち」だけ。
思春期の揺れる心にも、大人になって迷いを抱えた自分にも、そっと寄り添ってくれる絵本です。
絵本紹介
『1000の風 1000のチェロ』
作:いせ ひでこ
出版社:偕成社
ひとりのチェリストが、胸の奥にしまい込んだ思いを抱えながら、ある演奏の場へ向かうところから物語は静かに始まります。
その旅路には、言葉にならない痛みや、まだ形にならない願いが、ゆっくりと揺れながら流れています。
道中で出会う人々は、誰もが自分だけの記憶や背景を持っています。けれど、奏でられる音や交わされるまなざしの中に、 “無理に強くならなくていい” とそっと包み込まれるような空気があり、読んでいるこちらの心にもやわらかな灯りがともります。
いせひでこさんの絵は、透明な光や風の気配までも描き込まれ、ページをめくるたびに胸の奥が静かに揺れるような深さがあります。言葉も決して急かさず、ただ寄り添うように並び、読む人が自分の気持ちのままそこにいられる時間をつくり出しています。
過去に大きな出来事を経験した人にも、そうでない人にも、“誰かを思うこと” “共に生きるということ” を静かに問いかけてくれる、深い余韻をもつ絵本です。
思春期〜大人におすすめする理由
“ひとりで抱えなくてもいい” と静かに教えてくれるから
思春期は、自分の気持ちをうまく言葉にできなかったり、助けを求めるのが怖かったりする時期です。大人になっても同じで、胸の奥の重さを誰にも見せられない日があります。
この絵本では、悲しみの種類も深さも違う人たちが、ただ“同じ場所にいる”という形でつながっていきます。
「わかり合えなくてもいい。そばにいるだけでいい」この絵本のメッセージは、そんな優しい距離感で心を支えてくれます。
人との関わりは“無理をしなくていい”と思わせてくれるから
音楽は、完璧に合わせなくても成立します。
うまく重なる日もあれば、そうでない日もある。
この絵本の世界も同じで、ひとは皆、それぞれのリズムや呼吸を抱えたまま、同じ空間で音を奏でます。
ここで描かれているのは、「合わせようと無理をすること」ではなく、“そのままの自分でいても、つながれる瞬間がある”という希望です。
気持ちが閉じてしまう日も、誰とも話したくない日も、そのままでいい。
それでも、ふっと誰かの存在が温かく感じられる瞬間は訪れる。
この絵本は、その感覚を思い出させてくれます。
“過去の自分”をそっと撫でるように癒してくれるから
震災や喪失だけでなく、ことばにできなかった感情や、やりきれなかった小さな後悔を抱えている人は多いものです。
チェロの音が重なっていく場面は、強く励ますのではなく、ただ隣で静かに寄り添うような温かさに満ちています。
思春期の心にも、大人として日々を抱えるあなたにも、「大丈夫」という声を、そっと届けてくれる絵本です。
まとめ
『1000の風 1000のチェロ』は、大きな悲しみや言葉にならない気持ちを抱えている人に、強い励ましではなく、「そのままで、ここにいて大丈夫」と寄り添ってくれる絵本です。
思春期の揺れる心にも、大人の日常の中のふとした孤独にも、そっと灯りをともすような静かな力があります。
音が重なるように、人と人の気持ちも重なる。
同じでなくていい。
合わせようと無理をしなくてもいい。
ただ、その場に居合わせたことで生まれる“ぬくもり”がある。
そんな大切なことを、この絵本は淡く、美しく思い出させてくれます。


コメント