ひとりぼっちの恐竜の姿に、入園したての子どもたちを重ねて
恐竜の赤ちゃんがひとりぼっちで生まれ、寂しがっている場面から始まるこの絵本。その姿を見たとき、私は入園したばかりの子どもたちを思い出しました。涙を流すのは、ただ悲しいからではなく、「ここにいるよ」「わたしを見て」という精いっぱいの表現。園の玄関で泣いている子どもを前にすると、胸がぎゅっと熱くなる瞬間が何度もありました。泣くことは弱さではなく、存在を知らせようとする勇気の一歩なのだと思います。
名前を呼ばれる“うれしさ”に気づかせてくれる物語
物語には、印象的な“名前”のやり取りが描かれています。その場面を読んだとき、私は「名前を呼んでもらえることのうれしさ」をあらためて感じました。名前を呼ぶというのは、ただ識別するためではなく、「あなたをちゃんと見ているよ」という愛情の証です。保育の現場でも私は「みんな」ではなく、一人ひとりの名前を丁寧に呼ぶようにしていました。すると子どもたちの表情がふっとゆるみ、“自分はここにいていいんだ”という安心が生まれていくのがわかるのです。名前は、その子を世界につなぐ大切な鍵なのだと思います。
出会いによって心がひらいていく時間
恐竜たちが少しずつ心を通わせていくように、日々の関わりでも「名前を呼ぶこと」は信頼の始まりです。入園当初は泣いたり怒ったり、気持ちが揺れ動く子どもたちも、名前を呼ばれ、見てもらい、受け止めてもらう経験を重ねるうちに、心が少しずつ柔らかくなっていきます。「信じてみよう」という気持ちは、誰かとの出会いの中で静かに育っていくもの。この絵本の恐竜たちのように、子どもたちも人との関わりを通して表情が変わり、安心を見つけていくのだと感じます。
絵本紹介
『おまえうまそうだな』
作・絵:宮西達也
出版社:ポプラ社
『おまえうまそうだな』は、ある日ひとりぼっちで生まれたアンキロサウルスの赤ちゃんと、ティラノサウルスが出会うところから始まる物語です。最初は「おまえ、うまそうだな」と襲おうとするティラノサウルス。しかし赤ちゃんがまっすぐに「おとうさん」と呼ぶことで、強い恐竜の中に眠っていたやさしさが少しずつ目を覚ましていきます。
物語の魅力は、恐竜という力強い存在を通して“愛情”と“名前を呼ばれることの意味”が丁寧に描かれていることです。ティラノサウルスが赤ちゃんの名前を呼ぶ場面は、読み手にも深い余韻を残します。名前を呼ぶという行為が、どれだけ大きな力を持っているかを改めて感じさせてくれる瞬間です。
宮西達也さんの絵は迫力がありながらも、恐竜たちの表情にはどこかユーモラスで温かい雰囲気が漂っています。大きくて鋭い姿なのに「本当はやさしい心を持っている」ことが、絵からも物語からも伝わり、子どもたちが自然と感情移入していきます。
読み終えたあとには、強さとやさしさの両方を持つ恐竜たちの姿が心に残り、親子での会話が自然と生まれる一冊です。
おすすめの理由
親子の関係を、やさしく見つめ直す物語
恐竜同士のやり取りには、親が子を想う深い愛情が丁寧に描かれています。読むうちに、守りたい気持ちや信じたい気持ちが重なり、親子の関係を静かに見つめ直す時間が生まれます。
心の揺れを、そのまま受け止められる
恐怖や不安、そこから生まれる安心や喜び。感情が一方向に定まらず、揺れ動く様子が描かれているからこそ、子どもは自分の気持ちを重ねやすく、さまざまな感情に寄り添う力が育っていきます。
「信じても大丈夫」という安心感が残る
関わりの中で少しずつ芽生える信頼が、物語全体を包んでいます。名前を呼ばれる場面や、視線が交わる瞬間をゆっくり味わうことで、「大丈夫」「信じていい」という感覚が自然と心に届きます。
誰かを想うことの、あたたかさが伝わる
読み進めるほど、相手を大切に思う気持ちが広がっていきます。言葉で説明されなくても、表情や距離感から、そのぬくもりが伝わってくる絵本です。
恐竜という存在が、物語への入り口になる
恐竜が好きな子どもにとって、テーマそのものが強い引力になります。興味から入り、気づけば感情に寄り添っている。そんな自然な読み合いが生まれやすい一冊です。
まとめ
『おまえうまそうだな』は、親子の愛情だけでなく、“出会いによって心がやわらいでいく”ことを描いた物語です。「おまえうまそうだな」という言葉の奥には、恐竜たちが少しずつ心を開いていく気配が静かに流れています。読み終えたあと、子どもも大人も「誰かを想うことのあたたかさ」を思い出し、胸にやさしい余韻が残ります。入園当初の不安や小さな勇気に寄り添ってくれる、何度でも読み返したくなる一冊です。


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