見えないものに、毎日心を向けていた頃
この絵本に出会ったのは、コロナ禍のさなかでした。
目に見えない細菌やウイルスという存在が、急にとても身近で、同時に得体のしれないものとして感じられるようになった時期です。
ニュースや会話の中で繰り返される言葉に、心もからだも、いつの間にか緊張していたように思います。
守ることに、気を張っていた日常の中で
保育園でも家庭でも教会でも、「話すこと」「食べること」「触れること」これまで当たり前だった行為ひとつひとつに、気を配るようになりました。
大切な人や場所を守るために、からだを守るために、慎重になる時間が続いていました。
安心したい気持ちと、不安が消えない感覚。
その両方を抱えながら過ごしていた日々だったように思います。
知ることで、距離のとり方が変わった
そんな中で手に取ったのが『細菌ホテル』でした。
この絵本は、細菌をただ排除すべき存在としてではなく、からだの中や身のまわりで、それぞれに役割を持って生きている存在として描いています。
細菌たちが擬人化されていることで、見えなかった世界が、少しずつ想像できるものになっていく。
「怖いから遠ざける」だけではなく、「知ることで、付き合い方を考える」という視点を、この絵本から受け取りました。
不安がなくなるわけではないけれど、からだは一人で守っているのではなく、多くの存在と折り合いをつけながら保たれている。
そんな感覚が、静かに残った一冊です。
絵本紹介
文:キム・ソンファ/クォン・スジン
絵:キム・リョンオン
訳:猪川 なと
日本語監修:岡田 晴恵
出版社:金の星社
『細菌ホテル』は、からだの中や身のまわりに存在する細菌たちを、ひとつの「ホテル」に見立てて描いた絵本です。
そこでは、さまざまな細菌たちが、それぞれの部屋に滞在し、自分の役割を持ちながら過ごしています。
にぎやかな場面もあれば、静かな場面もあり、ページごとに空気が少しずつ変わっていきます。
文章と絵は、情報を詰め込むのではなく、見る人・読む人が、自分のペースで眺め、考える余地を残しています。
細菌というテーマを扱いながらも、構えずにページをめくれる構成です。
一度で理解しきる本ではなく、読むたびに、目に留まる存在が変わる。
からだと世界の関係を、別の角度からそっと見せてくれる一冊です。
おすすめの理由
説明されなくても、自然に積み重なっていくから
『細菌ホテル』は、細菌について何かを教え込むような語り方をしていません。
ページをめくるごとに、居場所や役割、関係性が少しずつ描かれ、読み手はその流れに身をゆだねていきます。
「なるほど」と理解する場面が用意されているのではなく、読み進めるうちに、いつの間にか見えてくるものがある。
その静かな積み重なりが、この絵本の大きな特徴です。
擬人化が、想像を広げる入り口になっているから
細菌たちは、親しみのある姿で描かれています。
けれど、その姿が意味を一つに決めてしまうことはありません。
「この存在は何をしているのだろう」
「なぜ、ここにいるのだろう」
そんな問いが自然と浮かび、想像が先へ続いていきます。
擬人化は理解のための答えではなく、考えをひらくための入り口として働いています。
読み終わったあと、行動ではなく視点が残るから
この絵本は、何かを促したり、指示したりしません。
読み終えたあとに残るのは、からだや身のまわりを見つめる目が、少し変わっている感覚です。
すぐに言葉にしなくてもいい。
あとから、ふと思い出される。
そんな余白を持った読み心地が、この絵本の魅力です。
まとめ
からだは、目に見える部分だけでできているわけではありません。
見えない存在と、折り合いをつけながら、静かに保たれています。
『細菌ホテル』は、そのことを説明せずに、感じさせてくれる絵本です。
読みながら、理解しようと構えなくても大丈夫。
ページを閉じたあと、ふと自分のからだに意識が向く。
そんな変化が、そっと起こります。
子どもにも、大人にも、同じ一冊が違う角度で残る。
からだと暮らす時間に、静かに寄り添ってくれる絵本です。


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