『交響曲「第九」歓びよ未来へ!』

「にくしみは、にくしみを生む」という言葉の前で、立ち止まった

人との関係で、どちらが悪いとも言えないまま、気持ちがすれ違うことがあります。
その場では流してしまっても、あとからふと、思い出すような感覚です。

自分の中に生まれた小さな違和感が、相手にも同じように伝わっていたのかもしれない。
そんな想像が、静かに浮かびました。

「にくしみは、にくしみを生む。」

この一文は、誰かを責めるためではなく、自分の内側にそっと置かれている言葉のように感じられました。

「すべての人が兄弟となること」という言葉に、すぐには頷けなかった

「すべての人が兄弟となること」。

その言葉を読んだとき、あたたかさよりも先に、少し距離をとる自分がいました。
そう感じてしまうことを、無理に否定する気にはなれませんでした。

分かり合えるとは思えない人がいることも、現実として知っています。
理想として掲げるには、まだ遠い。
その感覚を抱えたまま、ページをめくりました。

「今、あなたが暮らす世界は、『平和』ですか?」

物語の終わりに、そう問いかけられました。
すぐに答えを選べるような問いではなく、読んだあとも、そのまま残る言葉です。

答えを出さないまま、その問いを抱えて、ページを閉じました。

ページを閉じたあとも、この絵本のことを、ときどき思い出していました。

昨年のクリスマスイヴ、教会でベートーヴェンの「第九」の合唱を聴いたとき、ふと、この物語が重なったのです。

声が重なり合う響きの中で、「すべての人が兄弟となること」という言葉や、最後に残された問いが、本の中とは違う距離で、胸に届きました。
あの音楽を聴いていた時間もまた、この絵本とつながる体験だったのだと、あとから静かに思いました。

絵本紹介

『交響曲「第九」歓びよ未来へ!』板東俘虜収容所 奇跡の物語

作:くすのき しげのり
絵:古山 拓
出版社:PHP研究所

この絵本は、第一次世界大戦中、日本に設けられた板東俘虜収容所を舞台に、実際に起きた出来事をもとに構成された絵本です。

物語は、「敵国の兵士」として日本に送られてきたドイツ兵捕虜たちが、収容所の中で音楽や演劇、スポーツなどの活動を続けていた事実から始まります。
板東俘虜収容所では、捕虜であっても人格を尊重され、文化的な営みが比較的自由に認められていました。

その環境の中で、捕虜たちはベートーヴェンの交響曲第九番を演奏する計画を立てます。
楽譜や楽器、人手も十分とは言えない状況の中、演奏は捕虜たちだけのものではなく、日本人関係者や地域の人々との関わりの中で準備されていきます。

絵本は、演奏の成功そのものを強調するのではなく、そこに至る過程や異なる立場にある人々が、音楽を通して関わり、少しずつ相手を知っていく時間に多くのページを割いています。

終盤では、交響曲第九番の「歓びの歌」に込められた言葉が示され、その思想とともに、読む人自身に向けた問いが置かれて、物語は閉じられます。

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おすすめの理由

人が集い、音を重ねる場面が、確かなよろこびとして描かれているから

この絵本には、音楽を通して人が集い、声や音を重ねていく場面が描かれています。
それは理想や思想としての「平和」ではなく、目の前の人と同じ時間を過ごす中で生まれる、素朴なよろこびです。

厳しい状況の中でも、笑顔や熱気、期待が交わされていく様子があり、読み進めるほどに、場の空気が少しずつ明るくなっていきます。
重いテーマを扱いながらも、人がともに在ることの心強さが、自然に伝わってくる一冊です。

「戦争」と「平和」を、自分の立ち位置で考える時間が残るから

この絵本では、戦争という現実の中で起きた出来事が、整理された答えとして示されるのではなく、そのままの重みをもって描かれています。

音楽が鳴り響く場面の背後には、捕虜であるという事実や、国と国が争っていた時代の緊張が、確かにあります。

だからこそ、「戦争」や「平和」という言葉は、遠い理想ではなく、読む人それぞれの経験や立場と結びついて立ち上がってきます。

読み終えたあと、どう受け取ったのか、どこに引っかかったのか。
その答えは一つではなく、自分の場所から考え続ける時間が残ると思います。

まとめ

1918年6月1日。
戦争のさなか、捕虜として日本にいたドイツ人たちによって、ベートーヴェンの交響曲第九番が、
ひとつのコンサートとして全楽章演奏されました。

それは、日本で、そしてアジアで初めてのことでした。
過去の話として閉じることはできない。
そう感じさせるかたちで、第九の音は、いまを生きる私たちの時間へとつながっていきます。

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