知りたいと思い続ける姿に、ただ圧倒された
わたし自身、好奇心が旺盛で、知りたいことがあると、とことん調べるタイプです。
それでも、エンドウのちがいに気づき、何年にもわたって育て直し、組み合わせを変え、確かめ続けたメンデルの姿を前にすると、ただ、その時間の長さと深さに立ち尽くしてしまいます。
気になったことを、これほど長い時間、これほど徹底して追い続けること。
結果がすぐに評価されなくても、その営みを手放さなかったこと。
そこには共感というより、とても真似はできない存在への尊敬しか残りませんでした。
「なんで?」には、一緒に考える時間を大切にしてきた
子どもが「なんで?」「どうして?」と聞くとき、わたしは答えを一方的に渡すより、一緒に考えることを選んできました。
すぐに分からなくてもいい。
調べてみたり、試してみたり、分からないまま考え続ける時間も含めて、問いは育っていくものだと思っているからです。
エンドウのちがいを見過ごさず、確かめるために何度も育て続けたメンデルの姿は、その姿勢を、はるか遠くまで突き詰めたものとして心に残りました。
大人になっても、「知りたい」は続いていく
好奇心は、子どもの特権ではありません。
大人になってからも、「これはどういうことだろう」と思う瞬間は、何度も訪れます。
メンデルが、結果がすぐに評価されなくても、知ろうとする営みを続けていたことを知り、「知りたいと思う時期に、遅いも早いもない」と感じました。
知りたいと思った瞬間が、その人の旬。
そこから先は、いくつになっても、深めていくことができる。
この絵本は、それを言葉で教えるのではなく、長い時間をかけた姿そのもので示してくれます。
絵本紹介
『グレゴール・メンデル』
文:シェリル・バードー
絵:ジョイス・A・スミス
訳:片岡 英子
出版社:BL出版
修道士グレゴール・メンデルが、生涯をかけて向き合ったのは、人の目にはほとんど違いのないエンドウの姿でした。
同じように育てているはずなのに、形や色、あらわれ方には、わずかな差がある。
そのことが気になり、メンデルはエンドウを育て続けます。
組み合わせを変え、何度も確かめ、数を記し、目の前に起きていることを、ひとつひとつ整理していきます。
この絵本では、発見の瞬間が劇的に描かれることはありません。
長い時間をかけて積み重ねられた観察と試みが、少しずつ、見え方を変えていく過程が描かれています。
修道院での静かな生活の中で、「知ろうとする営み」そのものを続けていったメンデル。
その姿を通して、科学の成果よりも先に、ひとりの人が、問いとともに生きた時間が浮かび上がってきます。
おすすめの理由
成果や評価から、いったん距離を置いて読めるから
この絵本で描かれているのは、「役に立つか」「認められるか」という基準とは、少し離れた場所にある時間です。
結果がすぐに返ってこなくても、目の前のことを確かめ続ける日々が、そのまま描かれています。
忙しさや数字に追われがちな大人にとって、この距離感は、読む側の呼吸を自然と整えてくれます。
何かを成し遂げるためではなく、ただ向き合い続ける時間があってもいいのだと、そっと思わせてくれます。
「知りたい」という気持ちを、子ども扱いしないから
大人になると、「今さら」「それを知ってどうするのか」と、自分の好奇心にブレーキをかけてしまうことがあります。
この絵本は、知りたいと思う気持ちを、未熟さや通過点として扱いません。
年齢や立場に関係なく、ひとつの問いに長く向き合う姿を、そのままの重さで描いています。
知りたいと思うこと自体に、理由や正当化はいらない。
そう感じさせてくれる点が、大人にすすめたい理由のひとつです。
静かな時間の価値を、思い出させてくれるから
ページをめくるあいだ、強い言葉や派手な展開はほとんどありません。
けれど、同じ作業を重ねる時間の長さや、積み重なっていく記録の重みが、静かに伝わってきます。
何かをその場で分かったことにしなくてもいい。
読み終えたあと、言葉にならないまま残る時間があってもいい。
読み終えたあと、静かな余韻がそのまま残ります。
仕事や用事の合間に、少しずつページを開きたくなる本です。
まとめ
エンドウを育て、ちがいに気づき、確かめるために手を動かし続けたメンデルの歩みが丁寧に描かれています。
同時にそこには、長い時間を引き受けるという、ひとつの生き方が見えてきます。
結果が先にあるのではなく、確かめ続ける行為そのものが積み重なっていった時間です。
知りたいと思い、調べ、考え、手を動かす。
その営みが、子どもの頃だけのものではなく、大人になってからも続いていくことを、この絵本は示しています。
それぞれの時間に戻りながら、この本でたどった時間が、ふと重なる瞬間があれば嬉しいです。


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