『ぼくのニセモノをつくるには』

気づいたら、今日も自分の気持ちを後回しにしていた

気づくと、今日も自分の気持ちを考えないまま一日が終わっていました。
やることはやって、ちゃんと笑って、特別に困っているわけでもない。
それなのに、夜になってから、どこか置き去りにしてきたものがあるような気がすることがあります。

あのときの空気

ヨシタケシンスケさんの絵本を手に取るとき、私はいつも「きっと楽しいだろうな」と思っています。
構えなくてよくて、深刻にならなくてもいい。この本も、そんな安心感の中でページを開きました。考える前に、まず笑える。その距離感が、ちょうどよかったのです。

心に残ったおかしさ

読み始めると、思わず笑ってしまう場面が次々と出てきます。
少し大げさで、少しズレていて、「そんなことある?」と思いながらも、なぜか他人事ではありません。笑いながら読んでいるはずなのに、気づくと、自分が普段どんなふうに考え、動いているのかをそっと見せられているような気持ちになりました。

時間が経ってから気づいたこと

読み終えたあと、「やっぱり、わたしのニセモノはつくれないだろうな」と思いました。

うまく代わりになってくれる存在がいないことを、なぜか残念には感じませんでした。
そう簡単に置き換えられない自分を、そのまま抱えていくしかないのだと、どこか可笑しく、少し気が楽になったのです。

絵本紹介

『ぼくのニセモノをつくるには』

作:ヨシタケシンスケ
出版社:ブロンズ新社

『ぼくのニセモノをつくるには』は、ヨシタケシンスケさんらしい、少し突飛で、思わず笑ってしまう発想から始まります。
「そんなこと考える?」とつぶやきたくなるような問いかけと、親しみのある絵。
この時点で、読む側はもう身構えずに、物語の中へ入り込んでいます。

ページをめくるたびに、言葉はたっぷりと並び、説明も丁寧です。
それなのに、不思議と重たくなりません。
ひとつひとつの言葉が、少し大げさで、少し可笑しく、「そこまで言わなくてもいいのに」と思いながら、つい読んでしまう。
その軽やかさが、考えることへのハードルを下げてくれます。

物語は、ただ笑わせるためだけに進むのではなく、いつの間にか「自分ならどうだろう」という場所へ、読者を連れていってくれるのです。
深刻な問いを突きつけられるわけではありません。
むしろ、説明があるからこそ、自分の考えや気持ちを安心して重ねることができるように感じられます。

読み終えたあとに残るのは、答えや結論ではありません。
「そう簡単には割り切れないよね」という感覚と、それでも少し笑えてしまう余韻。
言葉の多さも、説明の多さも、自分を追い詰めないためのやさしい仕掛けとして、静かに効いてきます。

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おすすめの理由

発想がそのまま物語になっているおもしろさ

「ニセモノをつくるには?」というひとつの問いから、思いついた考えがそのまま次のページへつながっていきます。出来事が起こるというより、考えが転がっていく様子を眺めているような感覚があり、物語の中を一緒に歩いている気分になります。

まじめさと可笑しさがほどよく混ざっている

考えていることはとても真剣なのに、どこか少しずれていて思わず笑ってしまう。そのバランスがあるから、物語は重くなりすぎず、読み手も聞き手も自然と力が抜けていきます。

言葉のリズムだけでも楽しめる

言い回しが少し大げさで、少し変で、声に出すと口がゆるむような場面があります。意味を追わなくても、言葉の調子そのものが心地よく、読み合いの時間を軽やかにしてくれます。

幼児にも入りやすい、やさしい入り口

登場する発想や行動は、特別な知識がなくても受け取れるものばかりです。「なんで?」「へんだね」と感じたところから、幼児でも自然に物語の中へ入っていけます。

読み終えたあとに、くすっと残る余韻

本を閉じたとき、何かを考えなくても「ふふっ」とした気持ちだけが残ります。教えなくても、問いかけなくても、その可笑しさを一緒に味わえるところが、子どもと読み合う絵本としての魅力です。

まとめ

この絵本は、少し思いついたことが、そのままお話になっていく一冊です。
「え?」と思ったり、くすっと笑ったりしながら、気づくと最後のページまで来ています。
全部を理解しなくても大丈夫で、ただ一緒にページをめくる時間が心地よく残ります。
どんな話なんだろう、と気になったら、まずは気軽に、ひらいてみてほしい絵本です。

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