わけあうことのやさしさを思い出させてくれた一冊
若い日の自分とそっとつながる時間
この絵本を開くと、木下惇子さんのサインが書いてあります。「1989・11・2」短大を卒業し、幼稚園に勤めはじめた年。期待と不安のまじった、あの忙しくもまぶしい日々がすぐそこに戻ってくるようです。
ページをめくると、ふんわりと大きなパンが描かれていて、「おいしそう!」と気持ちがほどけたことを今でも覚えています。動物たちがうれしそうにパンを分けてもらう姿に癒され、「ああ、こんなあたたかい時間があるんだ」と心が静かに満たされました。パンの匂いまで感じられるようで、この絵本に出会えたことを当時の私は本気で幸せに思っていました。
小さなやさしさを分けあう瞬間
子どもが生まれてからも、この絵本は何度も読みました。
先日、娘に「印象に残っている絵本は?」と聞いたところ、この絵本の名前が出てきて、胸の奥がじんと熱くなるような深い喜びがありました。あの頃、私が感じていた“あたたかさ”を、確かに受け取ってくれていたのだと知った瞬間でした。
パンを分けあうという、とてもシンプルな行為の中に、
「あなたにもどうぞ」
「いっしょに食べよう」
という言葉以上のぬくもりが流れています。大人になった今だからこそ、そのやさしさがより深く胸に沁みます。
“渡したい気持ち”と“渡せない迷い”をそっとほどく絵本
誰かに気持ちを分けたいのに、言葉にならないときがあります。
受け取ってほしいのに、差し出し方がわからないこともあります。
そんな曖昧な揺れは、子どもよりもむしろ大人になってからの方が増えていくのかもしれません。
この絵本を読むと、パンをちぎって差し出す動物たちが、
「全部でなくていいんだよ」
「ほんのひとかけらでもいいんだよ」
とそっと教えてくれているようでした。
やさしさは大きな勇気ではなく、“できる分だけ、少しだけ”。
そのあたたかさを思い出させてくれる絵本です。
絵本紹介
『はんぶんあげてね』
作:きのしたあつこ
出版社:日本基督教団出版局
初版:1989年
ふんわりと大きなパンが、一匹ずつ動物たちのところへ運ばれていきます。
「はんぶんあげてね」という声にこたえて、パンは少しずつ、やさしく分けられていきます。誰かが受け取り、次の誰かへ渡していく。その流れがとても自然で、あたたかく、読む人の心を柔らかくほぐしてくれます。
きのしたあつこさんの絵は、どの動物にも“うれしさの余韻”が残っていて、ページをめくるたびに穏やかな喜びが広がります。パンの質感や色のあたたかさ、動物たちの表情のやさしさ。どれも素朴でありながら、胸の奥にしっかりと届くものがあります。
物語はとてもシンプル。でもそのシンプルさの中に、「分けあう」という行為が持つ深い意味が何層にも重なっています。子どもと読むときは“うれしい気持ち”として、大人が読むときは“誰かに渡したい気持ち”や“渡せなかった気持ち”がふっと思い返される。
そんな、心の奥のやわらかい部分がそっと動き出す一冊です。
※この絵本は現在購入できません。再版を願っています。図書館で借りてぜひ読んでみてくださいね。
思春期~大人にすすめたい理由
やさしさを“ひとかけら”から始められることを教えてくれる
大きくなくていい。できる分だけでいい。
そのメッセージが、大人の背中をそっと押してくれます。
人との距離に迷うとき、心をほぐしてくれる
言葉が出ないときも、気持ちは渡せる。
そんな“あたたかい余白”のある絵本です。
自分のペースで誰かとつながりたい人に寄り添う
分けあうリズムのやさしさが、急がなくていいという安心をくれます。
過去の記憶と“今の自分”を静かにつないでくれる
幼い頃の読書体験、子育て期の時間、今の自分の心の状態――
それらが一冊の中でやわらかく重なります。
思春期の子にも、大人にも“届けやすいテーマ”
「分けあう」という行為だけで普遍的で、誰の心にもすっと入ります。
まとめ
この絵本には、“やさしさはいつでもひとかけらから始まる”という静かな真実が流れています。
大げさな言葉も、特別な勇気もいらない。ただ、自分ができる分だけをそっと差し出すだけで、人の心はこんなにも温かくなるのだと気づかされます。
大人になると、気持ちを渡すことも受け取ることも、少し難しく感じる瞬間があります。
そんなときにこの絵本を開くと、「ほら、これくらいでいいんだよ」とやさしく背中を撫でられるような気がするのです。
日々の忙しさの中で忘れがちな、“誰かと分けあう喜び”。
その大切さを、あたたかく思い出させてくれる本です。
ページを閉じたあとも、心に静かなぬくもりが残り、そっと前を向けるような一冊です。


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