『にんじんケーキ』

日々の中に生まれる、ささやかな“すれ違い”

「にんじんケーキ」は、うさぎの夫婦が小さな行き違いを重ねながらも、互いの気持ちを大切に扱おうとする姿を描いた物語です。
誰かと一緒に過ごしていると、「わかってほしい」「この気持ちは伝わっているだろうか」と、不安や戸惑いが静かに生まれる瞬間があります。
私自身、身近な誰かとの関係の中で、思いがすれ違い、言葉を探しあぐねた経験が何度もあります。そんなとき、この絵本を読み返すと、過去の出来事が小さな灯に照らされるように理解できる瞬間がありました。
“すれ違い”は特別なことではなく、日々の中にそっと息づいているものなのだと気づかされます。

正解ではなく、気持ちそのものに光をあてる

この絵本が伝えてくれるのは、「どちらが正しいか」を決めることではなく、その奥にある“ふたりの気持ち”をていねいに見つめることの大切さです。
小さな行き違いの中には、それぞれの思いや背景があり、それがときには衝突したり、距離を感じさせたりします。
私も思い返してみれば、「うまく言葉にできなかった気持ち」や「相手に伝わらなかった優しさ」がいくつもあります。
完全に理解し合うのは難しくても、“理解しようとする動き”が関係をほどき、また結び直す。その真実が、絵本の静かな温度の中でやさしく照らされています。
読みながら、置き去りにしてきた気持ちがふっと浮かび上がってくるような感覚があります。

心をほぐし、そっと寄り添う“にんじんケーキ”のあたたかさ

にんじんケーキの素朴な甘さや、焼き立てのあたたかさは、読み手の心にも静かに灯りをともします。
忙しさや不安で固くなっていた気持ちが、少しずつ溶けていくような時間が広がります。
私が友人にこの絵本を贈ったとき、「読んだら気持ちがふっと軽くなった」と言ってもらえたことがあります。それは、この絵本が持つ“言葉以上のやわらかさ”が届いた証のように感じました。
絵本を閉じたあと、ふと誰かとの関わりを思い返し、「もう少し柔らかい気持ちで向き合ってみよう」と思える温度が残る。その静かな力が、この作品の大きな魅力です。

関係が行き違うことも、再び寄り添うことも、どちらも日々の中に自然に訪れることだと、そっと受け止めさせてくれる一冊です。

絵本紹介

にんじんケーキ

作:ナニー・ホグロギアン
訳:乾侑美子
出版社:評論社

『にんじんケーキ』は、うさぎの夫婦の日常を通して、誰もが経験するような小さな行き違いと、その奥にあるあたたかな思いやりを丁寧に描いた絵本です。物語はとても素朴でありながら、ページをめくるたびに心の深いところにそっと触れるような余韻を残します。

登場するうさぎたちの表情やしぐさ、家の中の情景、にんじんケーキの焼ける香りまで感じられるような描写からは、作者が大切にしている“暮らしの温度”が伝わってきます。どのページにも、言葉では表しきれない感情が静かに漂い、読み手が自分の経験と重ね合わせながら味わえる余白がたっぷりと残されています。

物語の中心にあるのは、派手な事件ではなく、日々の中で誰もがふと抱える「思いがすれ違う瞬間」です。同じ出来事を見ても、感じ方は違う。そのごく自然な事実を否定するのではなく、絵本はやさしく包み込むように描き、読み手が自分のペースでその気持ちを受け取れるようにしています。
焼き上がるにんじんケーキが象徴するのは、言葉を尽くさなくても伝わる“ぬくもり”。その香りや柔らかな甘さが、登場人物だけでなく、ページを開いた私たちの心にも静かに広がっていきます。

読むたびに気づくことが変わり、年齢や状況によって響く場所が移りゆく奥行きを持った一冊です。誰にとっても大切な誰かとの関係を、もう一度そっと見つめ直したくなるような、そんな静かな力のある絵本です。

思春期~大人におすすめしたい理由

おすすめする理由(H3×4〜5)

日常にある“すれ違い”をやさしく映し出す

特別な出来事ではなく、日々の小さな行き違いを描くことで、読む人が自分の経験と重ねやすい物語になっています。大げさにせず、心の機微が静かに伝わってきます。

関係性を限定しない普遍的なテーマ

夫婦だけでなく、親子、友人、同僚……どんな関係にも通じる「気持ちの距離」の物語。読み手の立場によって思い浮かぶ相手が変わるところに、この絵本の奥行きがあります。

ケーキのあたたかさが象徴的

にんじんケーキの素朴な甘さが、物語の“やわらかさ”を象徴しています。読み進めるうちに気持ちがふっとほぐれ、心の緊張がほどけていくような感覚があります。

説明ではなく“感じる物語”

絵や場面が丁寧に語りかけてくれるため、読者自身が気持ちを自由に受け取り、物語に寄り添うことができます。余白の多い作品だからこそ、幅広い年代に響きます。

読後にそっと心が動きはじめる

読み終えたあと、誰かの顔が浮かんだり、関わりの中の小さな出来事を思い返したりするような、静かな余韻が残ります。その“心の動き”こそ、この絵本の魅力です。

まとめ

『にんじんケーキ』は、誰かと共に生きるときに生まれる、言葉にならない気持ちの揺れをそっと照らしてくれる絵本です。
毎日のなかで起こる小さなすれ違いや戸惑いは、決して特別ではなく、むしろ誰もが静かに抱えているものだと気づかせてくれます。
そのうえで、わかり合うことの難しさではなく、「わかろうとする姿勢」に温かい光を当てる物語は、読み手の胸の奥にやさしく届きます。

にんじんケーキの素朴な甘さは、言葉にはしづらい思いまでもやわらかく包み込み、心をそっとほぐしてくれるようです。
絵本を閉じたあと、自分にとって大切な誰かの顔がふと浮かび、その人との間に流れていた時間をやわらかく思い返す静かな余韻が残ります。
関係がゆらいだことも、寄り添い直した瞬間も、どちらも人生の大切な一部なのだと、そっと受け止めさせてくれる一冊です。
ページをめくるたびに、誰かを思いやる気持ちが少しずつ形を取り、毎日の中のやさしさをあらためて感じさせてくれます。

思春期~大人へ

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