わたしがこの絵本と“読み直しで出会った”日
この絵本に出会ったのは、息子が保育園の年長組の頃でした。息子はのんびり屋さんで、まるで“たまごにいちゃん”そのもの。ユーモアたっぷりの物語を通して、「その子のペースで成長を見守る大切さ」を感じていました。当時の私は、どこか“成長していく子ども”の物語として読んでいたのだと思います。
ところが、それから10年以上が経ち、自分の立場や環境も変わったころ、ふとしたきっかけでこの絵本を読み返すことになりました。その瞬間、まったく違う絵本に出会ったような感覚がしたのです。子どもの頃を見守る視点から、大人である自分自身の姿へ視点が静かに反転していきました。
「これ、パパみたいやな」Aさんの言葉
当時、小学校6年生のAさんが話してくれた出来事を、今でもよく覚えています。家でこの絵本を読んだとき、お父さんが「これ、パパみたいやな」と笑いながら言ったそうです。Aさんにはその理由がわからず、ただ可笑しそうに話してくれました。
でも私は、その話を聞いた瞬間に胸がぎゅっとなりました。
“たまごにいちゃん”は、子どもだけじゃなく、大人でもある。
そう気づいた瞬間、絵本の世界が急に自分の内側へ入り込んでくるようでした。
大人になっても、新しい一歩が踏み出せなかったり、変わることへの不安に立ち止まったりします。居心地のいい場所にとどまりたくなったり、本音を隠して摩擦を避けたいと思ったり、理由はわからないまま動けなくなる日もあります。
“たまごのままでいたい自分”を思い出す時間
Aさんの話をきっかけに、私は“たまごのままでいたい自分”を思い出しました。殻の外に出たい気持ちと、出たくない気持ちが同時にある、あの複雑さ。環境が変わることに向き合うとき、大人の私にもまだそんな揺らぎが残っていることに気づいたのです。
だからこそ、この絵本の優しいユーモアや温かさが、年齢を越えてしみこんでくるのだと思います。
“変わりたいけれど、まだ変われない”その気持ちにそっと寄り添ってくれる。
絵本を閉じたあと、自分の殻を少しだけ外に向けて押してみたくなる、そんな力を持った一冊です。
絵本紹介
『たまごにいちゃん』
作・絵:あきやまただし
出版社:すずき出版
『たまごにいちゃん』は、殻のままでいたい“たまご姿”のにいちゃんが、まわりの動物たちと関わりながら少しずつ心をひらいていく物語です。にいちゃんは殻を破ることを怖がり、走りにくくても転んでも、「このままがいい」と願っています。その姿は子どもだけでなく、大人にもどこか思い当たるものがあり、読み手の心を静かに揺らします。
物語では、にいちゃんを急かすことなく見守る仲間たちの姿が描かれます。焦らされることも否定されることもなく、ただ自然なやり取りの中でにいちゃんの気持ちが少しずつ動いていく。その過程がとてもあたたかく、読んでいる側の心にも“変わってもいいのかもしれない”という小さな勇気が芽生えます。
あきやまただしさんのユーモアと温かな描線は、にいちゃんの揺れや迷いをやさしく包み込んでいます。表情やしぐさの一つひとつに心の機微がにじみ、ページをめくるたびに“自分の中の殻”をそっと覗き込むような感覚があります。
読み終えると、「変わらなくてもいいし、変わってもいい」。
そんなやわらかなメッセージが静かに胸に残る、思春期から大人にこそ響く一冊です。
思春期~大人にすすめたい理由
自分のペースで進んでよいと思える
にいちゃんの姿から、「急がなくていい」という安心がふっと湧いてきます。
変わりたい気持ちと変われない気持ちの両方を肯定してくれる
揺れや迷いこそ成長の一部だと、物語全体がやさしく伝えてくれます。
誰かとの出会いが心をひらくきっかけになる
周りの存在のあたたかさが、“寄り添うこと”の本質を教えてくれます。
大人が読むと、自分の中の“殻”に気づける
にいちゃんの姿が、自分の心の奥にある弱さや本音を静かに照らします。
読後に力みが抜け、呼吸が深くなる
「このままでも、大丈夫。」そんな余韻が長く続きます。
まとめ
『たまごにいちゃん』は、子どもだけの成長物語ではなく、“変わりたいけれど、まだ変われない”と感じている大人の心にも深く届く絵本です。
殻を破るのが怖い気持ちも、そのままの自分でいたい気持ちも、すべて自然な感情。
にいちゃんの歩みは、誰の心にもある揺れをそっと肯定してくれます。
ページを閉じたあと、「もう少しこのままでいていい」「いつか自分のタイミングで」と思えるやさしさが残ります。
変化を焦らず、自分のペースを思い出させてくれる一冊です。


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